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競泳日本選手権

 月刊水泳 抜粋記事  

第77回日本選手権レース分析(4)
好調平泳ぎの秘密はどこに

医・科学委員会レース分析班 内藤 健二
松井  健

 はじめに
 第77回日本選手権の平泳ぎ種目では合計5個の日本新記録が樹立され、会場が大いに沸いた。特に男子50m種目では日本記録が予選、決勝あわせて4回更新され、非常にレベルの高いレースとなった。また、昨年度の大会で田中雅美選手の出した日本記録には及ばなかったが、女子平泳ぎにおいても好記録が続出し、次代の選手の成長がうかがえた。
 今大会から50m種目が正式種目となり、平泳ぎにおける種目選択の幅が広がった。そのため今後は50m、100m種目を専門とする短距離型の選手も現れると考えられるが、従来の短距離種目とされてきた100m種目と比べて50m種目のレースがどのような特徴を持つのかについては、不明な点も多い。そこで、本稿では両種目で上位に入賞した選手を対象として、両種目のレース分析結果を比較し、平泳ぎ短距離種目の特性を検討した。

 分析方法
 日本水泳連盟医・科学委員会の方法に基づいて、全レースをプールサイドに設置した5台のビデオカメラにて録画し、分析を行った。レースは、表1のようにスタート、ターン、フィニッシュ、ストロークの4局面に分類し、経過時間や所要時間などについて比較検討した。また、ストローク局面では各局面毎の泳速度(m/秒)、ストローク頻度(ストローク数/分)、ストローク長(m/ストローク)を算出した。

 

表1 レースの局面分類

  50m種目 100m種目
0〜15m スタート局面 スタート局面
15〜45m ストローク局面 ストローク局面1
45〜50m フィニッシュ局面 ターン局面 ターンイン
50〜60m   ターンアウト
60〜95m ストローク局面2
95〜100m フィニッシュ局面

 

 結果と考察
 男子平泳ぎ
 男子平泳ぎは、50mと100mのどちらも日本新記録で優勝した北島康介選手、50m予選で日本新記録を出し世界選手権代表に選ばれた今井亮介選手、代表選考から漏れたものの50m予選で日本新記録を出した林享選手の3名について、2000年度および2001年度の100m平泳ぎと2001年度の50m平泳ぎのデータを比較検討した。
 表2は各選手の50m平泳ぎの分析結果と100m平泳ぎ(2001年度)の前半50mの分析結果の比較である。この表から北島康介選手は日本新記録で優勝した50mと比較して、わずか0.51秒の遅れで100mの前半を終えていることが分かる。また、ストローク局面の所要時間は0.34秒しか変わらず、泳速度も100mの前半の方が0.03m/秒遅いだけであった。これは驚異的な速さであり、残りの2選手は100mの前半を終了した時点で0.6〜0.8秒も水をあけられてしまっていた。さらに、表3から分かるように、後半における北島選手の泳速度の低下は少なく、他の2選手との差が広がっていた。このことは北島選手の持久力が優れていることを意味していると考えられるが、泳速度の基礎となるストローク変数はどのようなパターンを示していたのであろうか?

表2 男子各選手の50m平泳ぎ及び100m平泳ぎの前半の局面毎の所要時間、
泳速度(m/秒)、ストローク頻度(回/分)、ストローク長(m)

選手名 種 目 記 録 スタート フィニッシュ
もしくはターンイン
ストローク局面
以外の合計
ストローク局面 泳速度 ストローク頻度 ストローク長
北島 康介 50m 28"05 6"72 2"87 9"59 18"46 1.63 65.43 1.49
100m前半 28"56 6"76 3"00 9"76 18"80 1.60 55.00 1.74
今井 亮介 50m 28"17 7"02 2"85 9"87 18"30 1.64 62.37 1.58
100m前半 29"22 7"16 3"00 10"16 19"06 1.57 53.38 1.77
林   享 50m 28"29 6"90 2"86 9"76 18"53 1.62 67.72 1.43
100m前半 29"42 7"09 3"08 10"17 19"25 1.56 54.35 1.72


表3 男子各選手の100m平泳ぎの記録および、ストローク局面の泳速度(m/秒)、
ストローク頻度(SR)(回/分)、ストローク長(SL)(m)とストローク局面以外の所要時間

選手名 年 度 記 録 泳速度1 泳速度2 SR1 SR2 SL1 SL2 ストローク局面
以外の合計
北島 康介 2000 1'01"41 1.60 1.49 53.16 53.63 1.81 1.67 19"19
2001 1'01"26 1.60 1.49 55.00 53.52 1.74 1.67 18"93
今井 亮介 2000 1'02"12 1.57 1.47 53.39 57.28 1.77 1.54 19"18
2001 1'02"16 1.57 1.47 53.38 56.55 1.77 1.56 19"28
林   享 2000 1'01"51 1.59 1.51 52.63 65.31 1.81 1.38 19"37
2001 1'02"28 1.56 1.48 54.35 56.96 1.72 1.56 19"40

泳速度、SR、SLの1と2はそれぞれストローク局面1とストローク局面2のデータを指す


図1 北島康介選手のストローク頻度とストローク長の関係(図中の曲線は泳速度の等値線である。以下同じ)
図2 今井亮介選手のストローク頻度とストローク長の関係

 

 図1〜3に3選手のストローク頻度とストローク長の関係を示した。これらの図から、北島選手は100mの前半にも50m種目とほぼ同等な泳速度で泳いでいたが、50m種目ではストローク頻度の増大、また100mの前半ではストローク長の増大によって泳速度を上げていたことがわかる。他の2選手も100mの前半にストローク頻度を下げるという特徴がみられたが、50m種目に比べて泳速度は低下していた。さらに100mの後半に入ると、北島選手はストローク頻度を維持しながら、出来るだけストローク長を伸ばす泳ぎ、すなわち「大きく泳ぐ」ことで速度の低下を抑えようとしていた。一方、他の2選手はストローク頻度を増加させること、すなわち「ピッチを上げる」ことで後半の泳速度を維持しようとしたが、ストローク長の低下が大きく、結果として泳速度が低下してしまった。しかも、林享選手は2000年度のレースで自己ベストをマークした際には、後半にピッチを約13回/分上げることができたが、2001年度は約2回/分の増加にとどまり、さらに泳速度が低下してしまった。
 ストローク頻度をある程度減らして100mの前半を「楽に大きく」泳ぐことは理想的であると考えられるが、同時に泳速度も低下させてしまう可能性がある。北島選手の場合、このようなストロークパターンで泳いでも50mレースと同等な泳速度を保持することができ、そのレベルの高さがうかがえる。100mの後半にストローク頻度を上げるのか、あるいはストローク長を伸ばすのかについては、選手の体力、疲労およびストローク技術との兼ね合いがあり、特に平泳ぎの場合は難しい問題であろう。今回の分析結果の比較により、北島選手のストロークパターンは明らかに他の2選手とは異なるものであることが明らかとなった。北島選手のように100m後半のストローク長を高いレベルに維持するためには高度な泳技術が必要であると考えられる。また、いずれの選手においても50m種目と100m前半のストロークパターンが異なることが明らかとなり、50m種目でストローク頻度が10回/分多く、ストローク長が0.2〜0.3m短かった。100m後半にストローク長を重視する北島選手も50m種目ではピッチ型となる。
 以上をまとめると、最高の泳速度が求められる50m種目に関してはほとんどの選手がピッチを重視し、ストローク頻度を増やしていることが分かった。さらに泳速度を上げるためにはピッチを維持しながらストローク長を伸ばす必要があり、そのためには耐乳酸性トレーニングなどが重要となるであろう。また、100m種目では個人の体力、コンディション、泳技術などの要素が関連するため、一律には限定できないが、前半、後半にそれぞれどのようなストロークパターンで泳ぐかをトレーニング段階で明確にしておく必要があろう。

 女子平泳ぎ
 女子平泳ぎは、いずれも世界選手権代表である縄田さなえ選手、磯田順子選手、坂口結子選手および50mで好記録を出した丸山亮子選手を対象として、2001年度の50m種目および100種目のデータを分析した。また、2000年度の日本選手権で日本記録を樹立した田中雅美選手のデータをこれらと比較した。


表4 女子各選手の50m平泳ぎ及び100m平泳ぎ前半の局面毎の所要時間(秒)、
泳速度(m/秒)、ストローク頻度(回/分)、ストローク長(m)

選手名 種 目 記 録 スタート フィニッシュ
もしくはターンイン
ストローク局面
以外の合計
ストローク局面 泳速度 ストローク頻度 ストローク長
縄田さなえ
(2001)
50m 32"04 7"98 3"36 11"34 20"70 1.45 59.46 1.46
100m前半 33"19 8"01 3"47 11"48 21"71 1.38 52.36 1.58
丸山 亮子
(2001)
50m 32"29 8"34 3"30 11"64 20"65 1.45 57.47 1.52
100m前半 32"86 8"39 3"39 11"78 21"08 1.42 54.45 1.57
磯田 順子
(2001)
50m 32"82 8"27 3"35 11"62 21"20 1.42 55.81 1.52
100m前半 32"72 8"13 3"34 11"47 21"25 1.41 49.88 1.70
坂口 結子
(2001)
50m 33"39 8"69 3"28 11"97 21"42 1.40 59.11 1.42
100m前半 33"61 8"51 3"31 11"82 21"79 1.38 43.45 1.90
田中 雅美
(2000)
50m 31"75 7"95 3"24 11"19 20"56 1.46 59.78 1.46
100m前半 31"92 7"75 3"30 11"05 20"87 1.44 51.78 1.67


表5 女子各選手の100m平泳ぎの記録および、ストローク局面の泳速度(m/秒)、
ストローク頻度(SR)(回/分)、ストローク長(SL)(m)とストローク局面以外の所要時間

選手名 年 度 記 録 泳速度1 泳速度2 SR1 SR2 SL1 SL2 ストローク局面
以外の合計
縄田さなえ 2001 1'11"23 1.38 1.26 52.36 49.02 1.58 1.54 21"68
丸山 亮子 2001 1'10"95 1.42 1.28 54.45 52.26 1.57 1.48 22"64
磯田 順子 2001 1'10"02 1.41 1.30 49.88 51.15 1.70 1.53 21"86
坂口 結子 2001 1'09"88 1.38 1.35 1.35 55.71 1.90 1.45 22"15
田中 雅美 2000 1'07"27 1.44 1.37 51.78 54.61 1.67 1.67 20"80

泳速度、SR、SLの1と2はそれぞれストローク局面1とストローク局面2のデータを指す

図4 縄田さなえ選手のストローク頻度とストローク長の関係 図5 丸山亮子選手のストローク頻度とストローク長の関係

図6 磯田順子選手のストローク頻度とストローク長の関係 図7 坂口結子選手のストローク頻度とストローク長の関係

 表4は男子と同様に各選手の50m種目と100mの前半の分析結果を比較したものである。また、表5は100m平泳ぎの分析結果である。これを見ると、縄田選手以外の4選手は50mの記録と比べて100mの前半が0.5秒以内の遅れになっており、前半のペースが速いことがわかる。特に磯田選手は、ストローク局面以外の影響があるものの、100mの前半の方が速いタイムを記録している。一方、50m平泳ぎで田中選手に最も近い好タイムを出した縄田選手については、消極的なレース展開になったためか、100m前半が50m種目に比べて1秒以上遅かった。
 図4〜8は各選手の100m種目におけるストローク頻度とストローク長の関係を示したものである。これらから各選手のレース展開と泳ぎの特性について探ってみたい。
 丸山選手は前半から積極的に泳ぎ、50m種目同様、ストローク頻度を上げることで泳速度を維持しているため、前半での体力の消耗が大きく、後半になるとストローク頻度とストローク長がともに低下し、結果として泳速度が大きく低下した。ストローク頻度とストローク長がともに低下するという傾向は縄田選手にも共通して見られる。今後は後半にストローク頻度かストローク長のいずれかを維持・増進させ、泳速度の低下を最小限に抑えるためにレース展開を組み直すことや持久的能力の更なる改善が必要になるであろう。
 磯田選手は5選手中、50m種目の泳速度に最も近い速度で100mの前半を泳いだ。しかし、前半のハイペースで疲労したためか、ストローク頻度は少し増えたものの、ストローク長の低下が著しかった。今後、後半のストローク長を維持できるようなレース戦術あるいはトレーニング方法を検討していくことが肝要であろう。
 坂口選手は他の選手に比べて100mの前半のストローク頻度を大幅に減らしてストローク長を伸ばすことで、50m種目と同等の泳速度を維持していた。つまり、スピードは維持しつつ後半に向けて余力を残していたと考えられる。そのため後半に一気にピッチを上げることが可能になり泳速度をあまり低下させることなく泳ぎきることができた。坂口選手の後半における泳速度の低下率は5選手の中で最も低く、その要因として後半のストローク頻度における顕著な増加があげられる。田中選手も坂口選手と同様に、前半でストローク頻度を抑えてストローク長を上げ、後半にピッチを上げている。しかし、これらの変化の度合いにおいては坂口選手との間に大きな差がみられる。坂口選手の様に前半と後半で極端にストロークパターンを変化させる泳ぎでは、おそらく泳動作自体にも違いがみられると思われるので、局所の筋疲労を考えた場合、有効であるかもしれない。現段階では推論の域を出ないが、動作分析や今後のレース分析に期待したい。
 田中選手が他の4選手と比べて優れていた点としては、まずストローク局面以外の所要時間が短いことであり、スタート、ターン、フィニッシュ技術のレベルの高さがうかがえた。また、体格の影響もあるだろうが、磯田選手、坂口選手と比べ、ストローク頻度を上げたときにストローク長が高いレベルに維持できていたことが分かる。
 以上をまとめると、今年度活躍した4選手が田中雅美選手の日本記録に近づくための方策として、50mが得意な縄田選手と丸山選手は、ストローク局面以外の技術向上と100mレース時のストローク頻度とストローク長をコントロールして後半のスピード維持をはかること、および根本的な持久力の向上が重要だと言える。そして、100、200mが得意な磯田選手と坂口選手についてはピッチを上げた後半にストローク長を落とさないような、「大きい泳ぎ」をするための技術の向上が必要になるであろう。

 まとめ
 男女トップクラスの選手のレースを分析することで、新たに導入された50m平泳ぎと従来の100m平泳ぎのレース展開の関係を検討した。その結果、以下のようなことが明らかになった。
 まず、最高速度が必要な50m種目の場合は、ほとんどの選手がストローク頻度を上げることで泳速度を増加させていた。しかし、100m種目の前半では、泳速度は50m種目とほぼ変わらないが、ストローク頻度が減少し、ストローク長が伸びている選手が見られた。後半にピッチを上げつつストローク長の低下を最小限にして泳速度を維持するようなレース展開のためには、そのように前半のストロークパターンを変化させることが有効であると考えられる。
 50mが正式種目になったことで、今後、平泳ぎにおいても50mと100mを得意とする短距離型の選手が現れてくることが予想される。トップレベルの選手の場合、50m種目と100mの前半の速度やタイムは近似しているものの、ストローク頻度とストローク長のストロークパターンにおいては違いがみられる。これらのパターンをさらに研究して、個々の選手の特徴やレース展開を配慮した、効率の良い泳ぎ方を見出していくことが重要になってくるであろう。

 

(早稲田大学大学院)
(吉備国際大学)

 

 

 


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